ゆーすけべー日記

はてなBlogってどーなの!?

ジョブチェンジング

小雨の降る午前二時。ソフトシェルジャケットのフードを被っていた顔を上げると、目黒川沿いに咲く満開の桜が見えた。暗闇に隠れた灰色の桜だった。僕が思い描く満開の桜というのは、地元、鎌倉山の坂を登ると通れる色彩を持った「桜のトンネル」のはずだったのに……

f:id:kamawada:20170407061107j:plain

ジーンズのポケットに手を突っ込み、再びフードを被りながら思う。僕はもう、憧れを失ってしまったのではなかろうか。あの先輩の独特のがに股歩きも、濃淡のはっきりしたデニムの色落ちも、誰かがうまそうに煙草を吸う姿も、あの街に溶け込むことも、例の高層オフィスビルに関係者として入ることも——もしくは、APIのよく整ったプログラミングモジュールさえも、その対象なのかもしれない。

どうしても抽象的にしか書けないので勘弁してほしい。

だいぶ気づいたことがある。色々分かったことがある。否、分からされた。あるいは、自然と分かる。その一個は、喜怒哀楽の「喜」と「楽」は似てるようでかなり違うということだ。同じポジティブを表す感情でも、相違はあるのだ。バターとマーガリン程度の差と思ったら大間違いだった。そして、喜と楽を日常生活の中でどのようにバランスを取りつつ得るか、ライフワークにしていくか?はなかなか日頃、意識出来ないことである。つまり、いつの間にか僕は喜びを得たけれど、その代償として楽しみをなくしてしまった可能性が高い。リビドー・ロスト。そう言えば、オナニーを覚えてしまった猿のようにオナニーをしていたのはいつの頃だっけ。

まぁ、というわけで再び、僕は楽しさを取り戻すために試行錯誤をしている。例えば、改変したMarkdown記法で文章を描き、wacomのペンタブで下手くそなお絵かきをし、久しぶりにPremiereを使って動画編集をしている。実際これが楽しいのだ。ところが、果たしてそれが喜びを伴うのかは、月日が立たないと分からないことである。いつか、桜が咲く頃にははっきりしているかもしれない。それが来年なのか、再来年なのか、はたまた5年後なのかは把握しかねる。……ところで、僕は35歳じゃないか。

結論はまだ出ていない。ここに書いたことは(眠い頭を掻きむしりながらタイプしているが)嘘でも、フィクションでもない。エイプリルフールはもうとっくに終わった。——そして、僕はこう言うだろう。

さようなら、こんにちは!