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ゆーすけべー日記

はてなBlogってどーなの!?

ワンダーフォン #03

ワンダーフォンは今思えば、デバイス的観点から言っても不思議なデバイスだった。物理ボタンは皆無だし、MicroUSBなどのケーブルの先っちょを差し込む穴もなかった。かまぼこ板を薄くスライスして真っ黒く塗りつぶして、かろうじてディスプレイのある(と思われる)表側が分かる鉄板のようなものだ。四つ角のエッジはヤスリがかけられたように丸くなっており、へりも若干カーブしていた。裏にりんごだかのマークもなかった。シリアル番号も当然書かれていない。手に持つとひんやりと冷たく、レモン一個分ほどの重さがあった。当時持っていた折りたたみ式の携帯電話よりもずっしりとした。穴という穴がないので、解体することも出来ないし、相手の声を発するためのスピーカーすらついていなかった気がする。当然カメラのレンズもない。謎い。

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元旦の早朝から、僕はワンダーフォンを部屋のデスクに置きっぱなしにしておいた。そのデスクは六畳一間のアパートのバルコニーに面してぽつんと立つ、無印良品の通販で購入したとってもシンプルなものだった。大抵、その上には作業用のMacBook Air 11インチと冷めたコーヒーが入ったマグカップがあり、手に届く場所にワンダーフォンが転がっていた。何かを刺す穴もないので、充電のしようがない、と雑に扱ったけれど、アヤコとセックスすることを仕向けた、サリーから着信があった電話だから、気になってチラチラと覗いたりした。けれど、そいつは微動だにしなかった。

フリーランスのプログラマーというのは(少なくとも当時の僕にとっては)仕事をある程度選べる。僕はその年の年末年始の業務を放棄することにした。ウェブ関係のバックエンドのプログラムを書くのを本業としていたのだが、こうした仕事にも忙しい時期と暇な時期、それに忙しいことを必ず強要される時期、というのが存在する。例えば、<あけおめ砲>という業界の言葉がある。1月1日の深夜0時の前後に、みんなして一斉にネットに「あけおめ、ことよろ」的な文言を書いたり、打ったりするもんだから、サーバーが落ちたり、データセンターが火を吹いたり、誰かがクビになったり、人が自殺したりする現象だ。こういうのに巻き込まれたくないので、今年の年末年始は仕事を取らないと決め込んだ。ひとたび、仕事をしない時期がやってくると、波というのがあるもので、しばらく暇な期間が続くこととなった。

ふと思い出し、アヤコ——源氏名「リサ」が所属するヤングガールのホームページを検索してみた。随分、丁寧に作り込まれたウェブサイトが出てきた。発注したら相当な予算が必要だろうなと勘ぐりながら、在籍表を見ると「リサ」という名は見当たらなかった。なんどもページ内検索をしても、ヒットはしなかった。アヤコはそもそも在籍していなかったか、僕に告げた通り彼女は足を洗った。アヤコは一ヶ月後に辞める、と言っていたけれども。

世の中的に「正月休み」が空けると、横浜駅近くにあるシステム会社の友人を誘って、飲みに行った。シゲルという僕よりも二つ年下の男で、僕よりも優秀なプログラムを書き、オープンソースプロジェクト(プログラミング世界での奉仕活動のようなもの)へよくコミットしていて、背の高さは僕より顔一個分くらい低く、ドラえもんのような図体をしていた。根が謙虚らしく、僕が近隣で唯一、先輩ヅラをできて、かつ、僕が自由に話をする相手として最適であった。僕らは西口にある大衆居酒屋に入り、生ビールで乾杯して、イカの刺し身をつまんだ。僕はシゲルにワンダーフォンを見せた。
「中、何入ってるんでしょーねー」
彼にも、この不思議なデバイスのことは分からないらしく、僕が出した結論以上のことは把握出来なかった。サリーという機械音の女性から着信があった件は伝えたが、アヤコとソープランドでやったことは言わなかった。
「で、電話と言っていいんでしょうかね……どこの電波帯使ってるんだろう」
彼は色んな角度からワンダーフォンを眺め、手で持って重さを確かめ、顔を近づけた。やはり無駄な努力だった。シゲルはそれに飽きると、別の話題に移り、画像解析プログラムの可能性について語りだした。僕は適当に相槌を打ってやりつつ、まぁ、こいつにも分からないこともあるもんだ、と思った。

それからも、ワンダーフォンは僕の片隅に常にあった。フリーランスというのは自宅で仕事が出来る。デスクにはワンダーフォンが置いてある。そいつを引き出しにしまうことも出来たが、僕の部屋には引き出しと呼べるものはクローゼットに辛うじて存在する衣装棚くらいだったし、なんだか気になって、僕はワンダーフォンをそばに置いていた。

「着信があったからには発信も出来るんじゃないか?」

積雪10cmの大雪の降った1月の下旬。コンビニに行くのも億劫で、ストックしてあったカップラーメンをすすりながら考えた。
「でも、ボタンも何もないぞ」
こういう時にプログラマーという職業をしていると便利なことがある。ありとあらゆる、発信する方法をなんでも試行錯誤するのだ。まずディスプレイを指で押してみた。何も起こらなかった。次に、右手に握って、上に掲げてみた。何も起こらなかった。そのままの格好で、ワンダーフォンを揺すってみた。ブルブルブル。最初、それが自分で引き起こした振動なのか、それ自体が震えているのか?が分からなかった。実際問題、揺するのが正解だった。僕は発信する方法を見つけたのだ。ディスプレイが光り、相変わらずダサい、縦書きの明朝体で「サリー」と印字され、その電話は発信状態を表していた。あまりにも、うまく行き過ぎな気がして、思わずカップラーメンを倒してぶちまけそうになった。ワンダーフォンのバイブが止まった。
「はい。サリーです。何がお望みでしょうか?」

こうしてサリーとのキャッチボールが出来るようになった。