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ゆーすけべー日記

はてなBlogってどーなの!?

ワンダーフォン #06

すっかりサリーに紹介された藤沢の外れにあるコメダ珈琲が気に入ってしまった。そもそも僕の地元は藤沢で——といっても藤沢駅近くなのでコメダ珈琲のある遠藤とは遠くはなれているが——土地勘はあったし、道中のドライブは気晴らしになるし、駐車場は無料だし、何より自宅近くの喫茶店に比べて抜群に居心地が良い。

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昼食を済ませると、プジョーに乗り片道1時間弱をかけてそこへ向かった。車の中ではオレンジカウンティのパンクロック(オフスプリング、ゼブラヘッド、ノー・ダウト……)が流れていた。僕はそのディストーションサウンドを耳に入れながら、サリーの言っていた「あなたが本当に望むこと」について考えた。収入は一人暮らしをするなら十分と言っていいほど得ているし、フリーランスという業態上、特に地位も必要ない。彼女も欲しくない。結婚もしたくない。子供もいらない。時間も欲しくない。むしろ暇な時間がたっぷりあるくらいだ。暇といえば、あの頃から僕の中に存在する暇を弄ぶような<寂しい気分>をなんとかしたいとは思っていたが、それを直接伝えたらサリーに却下されたしな。僕は何を望んでいるんだ? 願いを叶えるワンダーフォンを手にしながら、それを僕は活用出来ないでいるのかもしれない。

珍しくコメダ珈琲のテーブル席が埋まっていた。仕方ないのでカウンターに案内され、MacBook Airを広げた。モバイルルーターを起動すれば、こんなところにいてもインターネットに繋がる。便利な世の中だ。僕はターミナルアプリを立ち上げ、クライアントのサーバーの中にログインし、諸々のソフトウェアをインストールし、作りたてのWebフォームのプログラムをデプロイした。

二杯目のドリンクを注文しようとした頃、隣の席に近隣の大学——おそらく慶応の藤沢キャンパスだろう——に通うと思われる女子大生が座っているのが分かった。僕と同じようにMacBookを目の前に置き(僕が使っているものよりハイスペックで画面も大きいMacBook Proだった)、かたわらの「Java」と書かれたプログラミング技術書を難しい顔をしながら眺めていた。注文したサマージュースがやってくると、ストローですすりながら彼女を横目で観察した。時々MacBookに向かって文字を打ち込むも、タイピングは覚えたての箸使いのように拙かった。数文字打っては、「Java」の本を時間をかけて読み、再びタイピングすると、首を傾げてから、パーラメントを吸ってまた「Java」を読んだ。パーラメント、Javaの本、タイピングの繰り返しで、全く先に進んでいないようだった。

僕の方は、Webフォームの動作確認も済んで、あとはクライアントに報告するだけだ。残念なことに、この取引相手はメールを恐ろしく読まないタイプのクライアントだったから、しかたなくワンダーフォンじゃない方の携帯電話を取り出して、その場で電話をかけた。納品完了しました。プログラムはいつも通りPHPで作っています。そちらのサーバーで動くことを目視しました。確認お願いします……相手は言った。PHP?そんなの聞いてないぞ。うちはJavaが分かる人間しかいないからJavaで作り直してくれ。「Java?」と僕はその瞬間大きな声を出してしまった。つい周りを見回して、隣の女子大生と眼があった。まんまるのクリクリの瞳をしていた。僕はやれやれ仕方がないな、今時JavaでWebフォームかよ、と苛立ちつつも、電話口にJavaのプログラムを納期までには動くようにするから、と伝え電話を切った。

隣の女子大生が話しかけてきた。それもそうか。Javaの本を読んでいる彼女の隣で、僕は「Java?」と大きく声をあげてしまっていた。
「Java分かるんですか?」
「うん。一応プロだからね」
「え、すごーい。私、さっきからJava全然分からないんですけど」
「課題かなにか?」と僕は尋ねた。
「はい。私授業サボっちゃってて、昨日から手を付けたんですけど、このコンパイルっていうのがどうしても出来なくて……」
コンパイル——つまりプログラムを動かすための初歩的な手順すら出来てなかったのか。
「そりゃあ、大変だな」
「そうなんです。まだ何にも動いてないんです」
彼女は僕から目をそらし、ラスト一本のパーラメントに火を付けた。
「私、コンピュータとか苦手なのに、情報処理の授業受けなくちゃいけなくて、それに大学に相談出来る友達もいないの」
「それは、大変だ」
同じような台詞しか出てこなかった。
「それ、サマージュースですか?」と僕が飲んでいたドリンクを指差して彼女は言った。
「うん。その通り」
「私もコメダのサマージュース好きなんです。今は珈琲を飲んでるけど。柑橘系の粒がプチプチしてて美味しいですよね」
僕はなんだかその頃から、面倒な気分とは裏腹に好奇心が芽生えてきた。元カノに言われたことがある。「あなたは自分でSだと思っているかもしれないけど、本当は奉仕的なMよ」と。そう、僕はある意味奉仕的な活動が好きなのかもしれない。
「よかったら、課題を手伝おうか?」
「いいんですか?」
「うん。どうせ暇だし、仕事も大したことはしていない」
「じゃあ、コンパイルだけでもお願いします。この<ジャバック>っていうのがどうしても出来なくって」
「それは大抵の人は、javac<ジャバシー>と呼ぶんだよ」

こうして、彼女——サキにプログラミングを教えることになった。このことが<僕自信が僕の望み>を知るキッカケになるとは思いもよらなかった。